
2025年、CAPPAN STUDIOは、オリジナル豆本『雨』を発表いたしました。
本書には、“雨”から連想される18のシーンを描いたグラフィックを収録し、デザインの意図や印刷手法をまとめた解説紙を添付。各シーンの世界観を楽しみながら、CAPPAN STUDIOが誇る高度な活版印刷技術、そして印刷加工・紙の種類との掛け合わせによる表現の多様さをご体感いただけるものを目指しました。
その背景には、私たちの実践がみなさまにとって、印刷表現の可能性をひらく糸口になれば、という想いがあります。この記事では、豆本『雨』のデザインを手がけたデザイナーの岸木麻理子さんと、印刷のディレクションを担当したCAPPAN STUDIOスタッフ・竹野環朱が、本書をつくる際にポイントとした印刷表現の切り口を、一部のグラフィックの制作過程を振り返りながら解説します。
活版印刷の“緻密さ”を生かす
竹野:活版印刷って、「細かなモチーフが刷れない」「グラデーションがかすれたり潰れたりする」といったイメージがあると思うんです。でも、それは技術が左右するところも大きいんです。だから豆本『雨』では、CAPPAN STUDIOならではの技術力の高さを提示することも目標にありました。それが発揮できた事例として、まず挙げたいグラフィックが「二度寝」です。
雨の日に家のなかで過ごす時間が、まどろみを誘う。
枕とシーツ、布団の陰影を、デッサンのようなタッチで描いた。
岸木:18種類のグラフィックのなかでも一番写実的な表現ですね。「ここまで細かな絵は活版で印刷しづらいかな……」と、期待半分、大幅に修正する覚悟も半分で提案しました(笑)。
竹野:たしかに、容易に印刷できるものではありません(笑)。まず製版について話しますと、版には網点が規則的に並んだAMスクリーンと、網点が密度高くランダムに配されたFMスクリーンがあって、前者がはっきりとしたベタ面に向いている一方、後者はより繊細な表現に向いているという特性があります。そして、「二度寝」は陰影の濃淡が特徴的だったので、それがより鮮明に出るよう、FMスクリーンの製版を協力会社さんに依頼したんですね。出来上がった版はかなり細かく、担当の方も「刷るのにも技術が要りますよ」とおっしゃるほどでした。紙面一帯に描かれた絵を刷るため、印刷機は広い面積に対応できるハイデルベルグ社のシリンダー機(円圧式)を用いたのですが、CAPPAN STUDIOの職人も、網点の目詰まりが起こらないよう版や機械を丁寧にメンテナンスして。版ズレや網の潰れを回避するために印圧をかけず、紙との自然な定着感にも気を配りましたね。
岸木:「二度寝」はスミ1色かと思いきや、グレーとシルバーのダブルトーンなんですよね。絵は鉛筆画を意識してデジタルで描いたものですが、実際の鉛筆の線は、黒にすこしテカテカした鉛の光が入っているので、そうした質感に近づけてもらえたなと思います。FMスクリーンもダブルトーンも私が最初から指定していたわけではなくて、グラフィックをもとにご提案いただいた手法です。

仕上がりはルーペで確認

拡大すると、ランダムに密集・点在した網点が、濃淡を再現していることがわかる
竹野:細かい版がうまく刷り上がるかは紙によるところもありますが、今回は選んだ紙との相性もよかったですよね。CAPPAN STUDIOの職人はそうした向き不向きが経験的にわかるので、「この紙ではきれいに出ない」と言うこともあるけれど、この繊細さでも大丈夫だったんだなって。
岸木:そうですね。使用したのはマシュマロCoC ナチュラルというもので、手触りも色もまるで滑らかなシーツのよう。実は、一般的に「ケント紙」という名称で流通している身近な紙なのですが、だからこそ、新たな魅力に気づいてもらえるんじゃないかなと考えました。
竹野:あと、もうひとつ活版印刷の質の高さに踏み込むことができたグラフィックが、「虹」。私自身が惚れ惚れしてしまうぐらい、職人の技が光る仕上がりになりました。
雨が弱まり、日が差した頃合いに出現した虹。
晴れ間を迎えた、高揚感のある心持ちが伝わってくるような一場面。
岸木:私も「活版印刷でこんなにきれいに出るんだ!」と衝撃を受けて。いろいろとデザインに思い悩むなかで、最初に「虹」の色校正を出していただいたとき、感動してすごく元気が出たことを覚えています。グラフィックは、“虹”というわかりやすいイメージが前に立ってしまう7色ではなく、より抽象度が高く、広い色面で活版印刷技術を伝えられるよう3色で構成しました。デザインデータ上は、色が切り替わるところに明瞭な細い線が入っています。そして、グラデーションの濃度が一番高い70%から、だんだんと薄くなっていく。黄色・ピンク・水色の境目がぴったり合っているのも、繊細な色の移ろいも本当にすごいです。

黄色→ピンク→水色の順に3つの版で刷っていく
竹野:担当した職人が、見当合わせ(複数色の版の位置を合わせること)がまた上手なんです。グラデーションは途切れたり、濃い部分から薄い部分にきれいに移行しない濃度のジャンプが起きてしまったりすることもありますが、こちらも「二度寝」と同じように、製版と印圧を工夫し、入念な手入れをして調整を図ってくれました。
岸木:ちなみに、今回選んだインキはCAPPAN STUDIOオリジナルの蛍光色。使用紙の新・星物語 パウダーにもキラキラとした粒子が含まれていて、虹という光のモチーフとの連関があるところもこだわりです。虹の色のなかにこのキラキラが入っているのが、止みきっていない雨が晴れ間に輝くみたいで、すごく好きなんですよね。
オンデマンド印刷・印刷加工のハイブリッド
竹野:『雨』では、活版印刷とほかの印刷手法・印刷加工との掛け合わせも面白い実験でした。ハイブリッドな印刷表現がよく表れたもののひとつとしては、オンデマンド印刷を取り入れた「山と霧」を挙げたいと思います。
山間に霧が漂い、雨に濡れた木々が影のように浮かび上がる。
湿度のこもった冷たい空気と、自然の風景の奥行きが感じられる。
岸木:活版で刷った高濃度シルバーの霧によって、深緑色の地の紙が山の形をなして浮かび上がってくるみたいですよね。この霧は、輪郭がなりゆきで描かれるように濃淡を細かく調整したグラデーションになっていて、銀色の濃い部分に対して、薄い部分は霞んでいます。でも、完全に掻き消えた感じではなく、ごく淡く輪郭をとどめている。というのは、活版印刷は不透明度1〜10%程度のグラデーションを出すのが難しく、無地の部分との境目がくっきりと現れてしまうことが多くて。むしろその特性をポジティブに取り込むことで、霧のおぼろげな存在感をあぶり出せたらと考えたんです。
竹野:そうした雰囲気と対照的に、オンデマンド印刷の特有の、ペターッと紙の上に膜を張ったような艶感もいい味ですよね。選んでもらったのはビオトープGA-FS フォレストグリーンという、まさに山深い緑を思わせる色紙。艶感が出るかは紙によるところもあるのですが、この紙では色面が濡れたように光を帯びています。オンデマンド印刷は製版しないぶん、CMYKの色の割合も自由に設定できますし、細かい表現も印刷できる。一方で、トナーは透過性があり、色紙に印刷すると沈んでしまうので、思うような色味が出るように濃度もいくつかテストしました。印刷方法が紙にどう影響するか、活版とオンデマンド双方の特徴から検証できたグラフィックでしたね。

異なる濃度で色の出方をチェック
岸木:そういう点で言うと、「葉っぱ」も印象的だったなと思います。これは箔押し・エンボス加工も組み合わせていますね。
ひと粒の水滴が葉にとどまる、夜明けのような情景。
葉の輪郭と光を宿した雫の玉が、瑞々しい生命力を醸し出す。
竹野:活版で刷ったのは、紫のベタ面。葉っぱの部分は紙地の色そのままです。最初は、岸木さんが里紙 うぐいすを選んだのが、すこし意外だったんですよ。紫とうぐいす色が混ざって、グレーっぽくなるんじゃないかなと思って。でも、いい塩梅に紫の色味が残りましたね。
岸木:はい。インキはDICの2439(インキメーカーのDICグラフィックス株式会社が手がけるインキの色番号)に合わせて調合いただいたもので、たしかにカラーチップで見る色合いは、もうすこし明るくて鮮やかです。でも、これも「山と霧」でのオンデマンド印刷の濃度検証と考え方は近くて、インキと色紙がどう影響し合うかを試してみたかった。緑とも黄緑ともつかないやさしい色の紙と、紫のインキとを合わせることで、相殺して彩度が下がり、落ち着いた雰囲気になるんじゃないかなと。

指定色のカラーチップと比較する
竹野:本を傾けて角度を変えると、葉っぱの雫の輝きが、紙の緑や紫の色味をうっすらと拾うところも面白いですよね。ちなみに箔はドイツのメーカー・KURZ(クルツ)社のアバロンシルバーというもので、虹色を内包したナチュラルな光沢がとてもきれい。この箔押し部分に、さらにぷっくりとした雫の盛り上がりを加えるために、エンボス加工で同じ形状にぐっと押し上げています。
岸木:元々のグラフィックは葉っぱの向きが左向きでしたが、このぷりっとした雫を本を手に取る方にも触ってもらいたくて、右向きに変更したんですよね。さりげないグラフィックだけど、ムラのない活版印刷のきれいな仕上がりと、立体的な加工が、場面に質感を与えてくれました。
特殊紙の味わいを表現に取り込む
竹野:さて、いよいよ3つ目の切り口です。一つひとつのグラフィックに思い入れがあるので、どれを解説しようか迷いに迷うのですが……紙の質感を生かしつつ、難易度の高い印刷過程を踏んだ「月」は、やっぱり外せません。
雨が上がり、雲間から輝く明るい月が顔を出す。
光に照らされた白い雲が、夜空を漂う幻想的な様子を表現。
岸木:選んだ紙は、赤・青・白の細かなガラスフレークがきらめくミランダ-FS スノーホワイト。最初に暗い空のスミを活版で印刷してもらったのですが、紙が湿気を吸ってシワ感が出ていたんですよね。そこからさらに、次の版をシビアに見当合わせしていかなければいけないので、どうしたものかと悩まれたとおっしゃっていました。
竹野:そうなんです。CAPPAN STUDIOの職人たちともミランダ会議というのをしましてね(笑)。紙を変更すべきかどうかとまで話し合いつつも、ミランダはスミベタの色の乗りが本当に美しかったので、使用しないのはもったいないと。紙の扱い方にも刷り方にもかなり配慮がいるけれど、「これでいきたい」と、むしろこちらから要望しました。

背景の空となるスミベタの出力紙
岸木:「月」も「葉っぱ」と同じように、中央の月の部分に地の紙がそのまま現れるグラフィックです。ただ、こちらはもっと、キラキラした紙の特徴そのものを主役にしたかった。かつ、ミランダはラグジュアリーな印刷物に採用される印象もあったので、そのインパクトに負けないような、印刷の工夫が効いたものにできたらいいなと思っていました。
竹野:雲が月にかかるところの白インキが、マットに出てきたのはよかったですよね。質感の差異がついて、紙の輝きが際立ってきます。あと、空のスミと雲の白の重なりが青っぽい色味になったところも、雲が月の光を帯びたような風合いになり、ナイスな仕上がりだったなと。
岸木:本当に、こんなふうになるとは思ってもみなかったので、また感動(笑)。CAPPAN STUDIOの職人さんから、雲と月の面を除いた背景を空押しするアイデアを提案いただいたことも驚きでした。雲の縁にハイライトが生まれて、とても立体的です。
竹野:そこがポイントなんです。雲そのものの形を空押しすると物理的にへこんでしまうけど、その周りを押せば盛り上がって見えるという。印圧で表情を出せる点は、やっぱり活版印刷ならではの魅力だと思いますね。
岸木:では最後。もうひとつ特殊紙を生かしたグラフィックを選ぶとしたら、やっぱり「土」でしょうか。紙の素材感と活版印刷の表現の面白さが、シンプルに表れたグラフィックですね。
地面にぽつぽつと雨が落ちてくる。
落ちた雨で濡れ、また乾いていく時間の流れを感じさせる。
竹野:濡れたように色が濃くなっている点々はメジューム(濃度調整や光沢性の維持などに用いられる透明のインキ)です。先にこれを刷って、その上から重ねて点々を空押しする。使ったのは新バフン紙Nという、見た目も土っぽい藁の繊維が混ざった厚手の紙なので、その質感に負けないようしっかりと印圧をかけました。
岸木:メジュームを指定したのは、明るすぎず暗すぎない色味のざらざらした紙に使えば、濡れたように出るんじゃないかな?と思い浮かんだからです。竹野さんに相談すると、「今やってみますか?」とその場で紙のサンプルとメジュームを取り出してくださって。ちゃんと濃く出たので、これならいけるだろうと、グラフィックに取り掛かりました。と言っても、私が心がけたのは、いかにランダムに点を打つかと、2版が重なる部分をあえて滲んだような輪郭にするといった細かな調整のみで、本当に紙・活版印刷技術・メジュームが成した物質的な存在感が率直に出ましたね。

メジュームの版で印圧を検証
竹野:「土」を見ていると、「子どもの頃にこんな光景を見たな」という不思議な懐かしさが湧いてくるんです。本を読んでいるわけじゃないのに、本を読んでいるような。見る人それぞれに、連想することは違うかもしれないけれど、いろんな経験や想いがシーンと重なる感覚があります。
岸木:『雨』をテーマにしたのは、匂いや感触など、五感を通してあらゆる人の記憶に残っているものを表現したいと思っていたからなんです。だから、ひとつのシーンからそう思ってもらえるのはとても嬉しい。そして、やっぱりデザインだけでなく、印刷手法によってシーンの世界観は広がるし、受け取り手の体感に訴えかける深度も変わってくるんだということを、今回あらためて実感できました。
竹野:そうですね。お客様から「全部活版で印刷したい」という要望をいただくこともありますが、表現したいものに応じた、最適解の方法があると思うんです。活版印刷のほうが良さが発揮できる場合もあれば、目指す仕上がりやコスト面とのバランスから、オンデマンド印刷が得策ということもある。さらに、エンボスや箔押しなどの印刷加工を取り入れるといった選択肢もあって、可能性は自在にひらけていくんですよね。『雨』の制作は、その楽しみを味わいながら実践する機会でした。今後も、培ってきた技術をもって、「こんなものがつくりたい」というさまざまなご希望に寄り添い、印刷表現を探究できればと思います。
CAPPAN STUDIO 登津山次郎より
さて、記事を最後までお読みいただきありがとうございました。
ふたりの対話を覗きながら、かつて受注していた印刷物を思い出しました。
DTPが普及する以前、印刷物の製版は随分と高価なものだったため、4色カラーなどは少なく1、2色で刷ることがほとんどでした。その代わり、たとえばレザック66のような、模様やシワ感のある丈夫な特殊紙を、印刷物の“顔”となる表紙に起用していた。みなさんも、学校の卒業文集や催しのしおり、作品集、社史や研修資料といった冊子で、そうした表紙をご覧になったことがあるかもしれません。
現代はネットで手早く注文できるカラー印刷が浸透し、多色のデザインや、汎用的な白紙などを選ぶのが一般的です。しかし、多色を使用せず活版印刷で紙の特徴を生かした「土」を見たとき、どこか原点回帰するような感覚を覚えるとともに、印刷表現の新しい挑戦ができると感じました。
『雨』には、活版印刷をはじめ、多様な印刷方法を生かす多角的な視点が盛り込まれています。ぜひ本をひらき、ものづくりの想像力を広げてみてください。
岸木麻理子(きしき・まりこ)
富山県出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告制作会社、UMA/design farmを経て、企業に所属しながら個人で活動。体系的なデザイン構築を得意とし、エディトリアルデザイン・活版印刷・オープンデータなどの情報伝達技術とその周辺に携わる。
竹野環朱(たけの・たまみ)
立体造形制作会社、デザイン事務所を経てCAPPAN STUDIOに勤務。検品・梱包を担い、小口染め加工作業や印刷も行う。「手作業と創意から生まれる活版印刷には、“印刷物”を越えた“もの”としての魅力がある」という想いを大事に、人の記憶に残る仕上がりを追求している。
(文:鈴木瑠理子)
























